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+ ロシアC 皆既日食・アフター編 (2008.08.02-06)
 日食の次の日、朝日と共にフロアに行こうと思っていたが、少し寝坊してしまい、7時頃フロアに行ってみる。
クラトさんとサチさんがいて、しばらく一緒に踊る。朝方のフロアは最終日だというのに今まで通り人が少なく、
50人にも満たないくらい。それでも全員が「日食を見れた」という満足感を共有しながら、本当に楽しそうに踊っ
ていた。
 そして一度キャンプサイトに戻りのんびりしたあと、再度最後の音を楽しむためにメインフロアへ。DJはKIM
(SWEDEN)、かなり太くて繊細な、でもきっちりと上げてくるすばらしい音だった。

 クラトさん・サチさんと踊っていると、イバンもやってきて踊り始めた。日はどんどん高くなり、死ぬほど暑くなっ
てきた。それでもフロアにいる50人ほどの人たちは誰一人休むことなく踊り続ける。
 誰もが幸せで、笑っている。目が合うと自然と笑みがこぼれる。ここにいるパーティーピープルは、今この瞬間、
世界中の誰よりも幸せな瞬間を味わっているという確信に満ちていた。

 そして、僕も。僕はこのKHAN ALTAYでいろいろな人に出会ったが、特に運命的な出会いをしたキーパーソン
としてアントンたちロシア人5人組、そしてクラトさん&サチさんだと思っていた。そしてこれまでこの二組が絡む
ことはほぼなかった。
 だがこの瞬間、最高の舞台で二組が「日食」と「音」という共通点だけで空間を共有している。全く別の場所で
偶然出会った二組が、僕が日食を追いかけてここまできて、パーティーの最終日にようやく結びついたという
ことが本当に嬉しくて、旅に出てからの過程や、旅に出るまでの社会人生活や、さらに昔のこの旅に出る決意
をした大学時代のことまでを思い出しながら、「日食を見るだけが日食パーティーの目的じゃないんやな、それ
までの過程と、日食後の出来事と、全てをひっくるめて一つの旅なんやな」と感じ、幸せな気持ちで胸が潰れそう
になるのを必死にこらえるかのように踊った。

 「いま死んでもいいっていうくらい幸せな瞬間を感じる」、これが僕の旅の最大の目的である。
 2008年8月2日、間違いなくこの瞬間を味わうことができた。


 次の日、アントンたち5人組とヤスさん・ヨコさん・マツさんが会場を去った。
 別れ際、アントンと抱き合った時、思わず涙がこぼれた。この会場に着くまで、まるで順調に問題なく旅してきた
かのようにこの旅行記では書いているが、もしもノヴォシビルスクの駅で彼らと偶然出会っていなかったら、ここ
まで辿り着けたかどうか自信がない。そしてこのパーティーでも、彼らなしの生活はありえなかった。それほど
までに彼らは僕を助けてくれ、支えてくれた。
 涙がこぼれたのは別れが悲しかったからではなく、偶然の出会いでここまで深い関係になれたこと、そして彼ら
の優しさに対する嬉し涙だった。

 「また世界のどこかで会って、ビールでも飲もう。」そういって去っていったアントン。そのときは必ず来ると確信
しているよ、また会おう!


 それから4日間、僕はクラトさんたちのいるキャンプサイトに場所を移して生活を続けていた。
 会場からは続々と人が去っていき、確実にテントは減っていたが、この生活を続けたい人々はまだしばらく
テントを張り続けていた。

 そんな中、偶然に知り合ったマケドニア人のブディムとアルディアン、ロシア人のターニャの3人組と仲良くなり、
一緒に飯を食ったりしゃべったりして暮らしていた。彼らも本当に親切で、何のためらいもなく夕飯を振舞って
くれ、音楽や旅行、次の日食について情報交換をした。
 彼ら以外にも何人かのパーティーピープルと喋る機会があったが、やっぱりみんなとてもピースで、日食後の
幸せな雰囲気から離れがたいという気持ちを共有していた。


 パーティーの何日目か、いつものように夜中に踊っていたとき、ふと気づいたことがあった。

 大学の時に就職先を探していたとき、僕は二つの選択肢から選ぶことを強いられていた。

 すなわち、「興味は無いが楽で儲けられる仕事をし、プライベートを楽しむ」ことと、「辛くて労働時間長くて給料
も悪いが、興味のある仕事をする」という二つ。
 僕は大学の時は前者を選び、プライベート=旅を楽しもうと考えた。そのためには興味のない仕事も我慢しよう
と。そして旅を終えた後はどちらにしようかと考えたりもしていた。

 だが、選択肢はこれだけではなかった。
 「興味があって、さらに給料も良くて労働条件も良い仕事をし、さらにプライベートも楽しむ」という選択肢もアリ
なんじゃないか。

 つまり、前提を覆せばいい。最初から二つの選択肢に縛られることはない、選択肢は新たに作ればいい。

 人生は選択の連続であるが、人間はいつも用意された選択肢から選ぶことに慣れているんだと思う。なぜなら
それを当たり前だと思い、新たな選択肢を作るというのは言ってみれば裏ワザであり、タブーであり、とても
エネルギーを要することだと心のどこかで考えているから。

 「そんな虫のいい話なんてないよ」という人は多いだろう。一度はこう考え、「所詮理想論だ」とその考えを打ち
消した人も多いだろう。

 でも、本当に願い努力すれば、可能性は無限大なんじゃないか。選択肢は無限大に作り出せるのではないか。
どこかで選択肢を広げることを妥協している人たちが多いんじゃないか。

 人生ってのは選択と妥協のバランスで決まる。
 僕は今後の人生、選択肢を作ることに妥協せずに生きていきたい。

 そのようなことを真夜中のアルタイ共和国で踊りながら考え、そんなシチュエーションにいる自分がおかしくなっ
て笑った。とても有意義な夜だった。パーティーはいつも新しいことに気づかせてくれる。とても当たり前なこと
やけど、当たり前すぎて誰もが通り過ぎるようなことに。


 パーティーが終わってもキャンプを続けること4日、ついに思い腰を上げて次なる地・レインボーギャザリング
へと旅立った。



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