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+ 中国C カシュガルで中華三昧 (2008.09.06〜2008.09.19)
 「オリンピック中の中国のイミグレーションは酷かった、荷物の隅々からデジカメのデータや日記帳の内容まで、
全てを見られた」

 オリンピック期間中に中国に入国した旅行者にはよくこのように聞いていた。中には「台湾が地図に載っていない」
という理由でガイドブックを押収された人や、「日記帳に何が書いてあるか分からない」という理由で日記帳を没収
された人もいるそうな。いやー本当におかしな国である、そんなんでオリンピックのスローガンでもある「同一的
世界」とやらが作れると思ってんのかね。

 さて僕らの時はというと、オリンピックはすでに終わっており、運よく後ろから団体の観光客が来たこともあって、
聞いていたほど厳しくはなくさっさと通された。僕はノートパソコンを持っているので、なんなら解体して調べられる
んじゃないかと心配していたが、一安心。一通りカメラのデータはチェックされたが、問題なしだった。

 国境からカシュガルまではまたシェアタクシー。1人80元(=約1,300円)。いろいろ聞き込みしてみたが、
公共のバスはなく、観光客の貸切バスに便乗できたようだが値段はタクシーとほぼ一緒だった。なかなか出発し
ないタクシーにマリーはまたカリカリしていたが、いよいよ出発してバカみたいに多い公安の検問に何度もパスポ
ートを見せながらようやくカシュガルに着いたのは、もう午後だった。

 カシュガルでは事前に調べておいた色満ホテルにチェックイン、ドミ1人20元(=約320円)、安い!今回の旅で
最安、しかも3人部屋なので快適。
 くつろぐのもそこそこに、マリーと二人でリサーチ済みの中華街へ行って中華料理をたしなむ。僕は中華料理が
日本料理に次いで好きなので、とにかく早く中華を食えることを楽しみにしていた。皿いっぱいのおかずとご飯を
食べて6元(=約100円)、そしてウマイ!!マリーも満足したようだ。

 さてカシュガル。中国とはいえ完全にウイグル族の町なのだが、町の作り自体は完全に漢民族エリアとウイグル
民族エリアに分かれている。ウイグル民族エリア(旧市街付近)では、今自分が中国にいるということが全く信じら
れないほど濃くウイグル文化が残っている。土作りの町並み、ウイグル帽をかぶった顔の濃いおじさんたち、
カラフルな布や中央アジアでも見かけた楽器を売る商店・・・。

 道端のフルーツ売りが多いのもウイグルの特徴であり、中央アジアに似ている。ブドウ、りんご、スイカ、メロン、
そしてこの辺りの名産品であるハミ瓜。全て安くてメチャウマイ!1キロ2元(約30円)でこれだけウマイもんが
食べれるんですから、そりゃ毎食後にフルーツ食っちゃいますよ。ビタミン補給も兼ねて。
 それから動物を路上でよく見かける。馬や羊に荷を引かせる習慣はまだまだ残っているようだ。しかし新市街の
オシャレな美容室の前を馬が野菜引きながら走るってのもなかなかシュールな光景である。

 新市街は特に見るべきものは無い。スーパーの物色と中華料理屋探しで十分である。ただ新市街にも意外と
ウイグル人たちはたくさんいて、やはり中国の普通の都市とは少し違う景色を楽しませてくれる。

 そんなカシュガルで僕は精力的に観光した。生きた動物が売買される獣臭溢れたアニマルマーケット、週1回の
サンデーマーケット、市民の活気溢れるバザール、巨大なモスク・エイティガール寺院・・・

 そしてこれらの観光は
3日で終わった。そう、カシュガルは別にそんなに観光するところはない。旧市街の
雰囲気自体がこの町最大の見所であり、したがってこの町に長居する人は少ないと思う。

 マリーは中国ビザをトランジットの5日間しかもらえていなかったため、4日だけいて早々にパキスタンへ向かっ
た。ちなみに日本人はノービザで15日間まで滞在できるというすばらしい待遇である。キルギスタンで中国ビザが
取れないという西洋人に何人も会ったが、「日本人は中国ビザもキルギスビザも要らんよ、いいやろー」というのが
よく話のネタになった。

 マリーが去ってカシュガルの見所も見たので、ちょっと遠出して、町の周りに遺跡が点在する古都・クチャまで
行ってみた。パキスタンへ行く途中にあるカラクリ湖、タクラマカン砂漠の入り口の町ホータンと迷ったが、なんと
なくクチャに呼ばれているような気がしたのである。すると、なんとなく呼ばれているどころか、
全くお呼びで
なかった

 ちなみにちょっと遠出といってもバスで14時間くらいかかるが、1泊2日単位での移動を繰り返していると、もはや
移動時間の感覚がマヒしてきて、14時間なんて大したことないように思えてくるからコワい。

 さて、実はクチャに出発するちょっと前、カシュガルにいるときから体調に異変を感じていた。少しカゼっぽい、
そして少し下痢気味。まーでも大したことはなかったので強行してみたところ、クチャに着いて飯を食った直後
に奴らはやってきた。

 
下痢

 完全に腹をやられた僕は、観光どころか宿を出ることすらままならず、部屋の中でゴロゴロとするしかなす術が
ない。部屋にテレビがあったため、パラリンピックを見て過ごす。中国の宿は安宿でもたまにテレビが付いてる
ので、滅多に使わないがこういうときは有難い。しかし僕はパラリンピックを見るためにわざわざクチャに来たわけ
ではない。町を出歩きたいのだが、マイ腹はまったく予断を許さない状況である。
 旅でひどい下痢に見舞われたら、僕はいつも絶食する。食べてもすぐ出しちゃうので、まず一度胃の中を空っぽ
にして振り出しに戻すわけだ。まぁ人間やっぱり考えることは同じみたいで、他の旅行者にも下痢の治療方法を
聞いてみたが大体みんな絶食はするみたい。
 そういうわけでその日は昼過ぎから何も食べず、たまにトイレとベッドを往復しながらパラリンピックの車椅子卓球
を見ていた。

 無為な時間。新しい町で体調を壊す不安。明日になっても調子が悪かったらカシュガルに戻ろうか・・・勝手知っ
たるカシュガルならばお腹にやさしい料理が食べれる食堂もある、病院もある、フロントは英語が(一応)通じる、
他に旅行者もいるやろうし、万が一のときに安心かな・・・

 旅行中の体調不良は不安を増大させる。もしも大きな病気だったら・・・とマイナスイメージを膨らませてしまう。

 そうして次の日、全く体調に回復の兆しが見られなかった僕は、その日の夜行バスでカシュガルに帰ることを
選択した。これは勇気ある撤退だ、この水下痢はもしかしたらウイルス性のものかもしれないし、そうなったら
カシュガルの病院に行くのが一番だろう。「クチャでは何を見たの?」と聞かれたら、堂々と「
パラリンピック
と答えようではないか。

 こうして僕は下痢とそれがもたらす不安な気持ちに完敗し、すごすごとカシュガルに帰っていった。もちろん下痢
は続いている、絶食中なので腹は減っているが、食べるわけにはいかない。りんごをいくつか買い、バスの車内で
はトイレ休憩になりそうな雰囲気を見計らってりんごを一つ食べる。そしてトイレ休憩になったら外に飛び出し、
すぐさま出す。読者の皆さん、汚くてごめんなさい。ラマダン中だったので、日が暮れると乗客はそれぞれ食べ物
を取り出して食べ始める。親切なウイグル人がオレンジをくれたので食べると、またグーキュルル。次のトイレ休憩
で外へ飛び出す。中国のトイレは決して日本のようにリラックスできるものではない、通称ニーハオトイレと言われ、
その理由はドアがなくて仕切りも高さ50cmくらいしかないため、隣でしゃがんだ者同士が「ニーハオ」と挨拶できる
から。しかも驚異的に汚く、全ての個室の穴は一本の溝でつながっているため、下流のポジションを選ぶと上流
から他人のお出しになったモノが自分の下の穴をを流れていくのが見える。読者の皆さん、重ね重ね汚くてごめん
なさい。

 こうして眠れぬ夜を過ごし、ヘロヘロになりながら以前泊まっていた色満ホテルへ。すると、見たことがある日本人
とたまたま玄関でバッタリ。彼はヒロノブ君、一度マリーやその他フランス人たちと一緒にメシを食ったことがあった。
ホータンに行って戻ってきたらしい。同じドミにチェックインし、しばし話す。

 実はカシュガルでの目的は観光以外に2つあった。1つは西チベット行きの同士を探すこと、そしてもう1つは、
西チベットに行くために1ヶ月ビザを取得することだ。
 チベットに行くにはいくつか道があるのだが、西チベットに直接入るにはカシュガルから5時間ほど南東に行った
ところにあるアーバンという町からバスやトラックでアリという町に向かう方法しかない。もちろん旅行許可証なしの
違法入境である。去年までは違法とはいえ実質黙認されていて、この方法で西チベットに入った旅行者は何人も
いたのだが、今年はオリンピック前の暴動とオリンピックのせいで、このルートは閉ざされているともっぱらのウワサ
だった。そしてアーバンという町はとてつもなく何も無いらしく、恐らくしばらく足止めされるであろうこの町で一人と
いうのは非常につらいし、何人か仲間がいたほうが宿も交通手段もシェアできて安く済むので、カシュガルで仲間
を探す必要があった。
 また、チベットは非常に広く1ヶ月は必要なので、ノービザでいれる15日間ではとても足りない。ウイグル自治区
ではいくつかビザを取得できる場所があるが、カシュガルで最近ビザを取得できたという話を聞いていたので、ここ
なら確実だろうと思っていた。

 ヒロノブ君はアジア横断中で、次はキルギスタンに行く予定だったのだが、僕は如何にチベットが魅力的な場所
であるかを行った事もないのにこんこんと語り、彼の冷静な思考力を鈍らせて西チベット行きを薦めまくった。
その結果、彼も心が傾いたらしく、共に西チベット行きに挑戦することになった。

 こうして西チベットチームを結成した僕らは、その日から中華料理三昧の生活を送った。

 断食の効果が表れたのか、下痢は幸いにして翌日には治り、ヒロノブ君おすすめの包子(パオズ)屋と中華料理
屋、そして日没後のウイグル屋台を食い歩く毎日。朝はパオズ(小さな肉まんのようなもの)とワカメスープを毎日
食っていたが、これが最高のウマさ。中華にしてはめずらしく薄味で、毎日食べても飽きない。パオズはカシュガル
滞在中に100個以上は食べただろう。
 そして中華料理もこれ以上ない美味。毎回、漢字のメニューを見て内容を想像し、大体いつも当たる。おかげで
中華料理のレパートリーがだいぶ増えた。ご飯が1元(=約15円)というのもご飯好きにはたまらん。そしてビール
は食堂でも大瓶がたったの3元(=約45円)というのもありがたい。腹いっぱい食べてビールを1人1本飲んでも、
大体200円から300円で済む。しかもウマイ。
 ウイグル屋台では日本のおでんのようなものが美味しかった。玉子とチキンをおでんのダシのようなもので煮た
もので、このダシがまろやかで美味。また、串焼肉もポピュラーで、内臓系は4本で1元(=約15元)というべらぼう
な安さ、でも日本の焼き鳥屋のような味がする。

 途中でパキスタンからカシュガルにやってきたアイキョウ君も含め、毎食腹がちぎれんばかりに食事を堪能して
いた。それ以外はしゃべったりトランプしたり、たまに気が向いたら外出したり西チベットの情報を集めたり仲間を
探す毎日。カシュガルは確かに見所は少ないが、適度に都会で何となく居心地のよい町である。

 さて、ここまでダラダラしていては、ハタからは「さっさとビザとって西チベット行けよ」と思われるかもしれません。
しかし、カシュガルでのビザ取得は、入国後15日ギリギリまで過ごさないとできないのです。試しに11日目くらい
に公安に行ってみたけど、「まだ4日あるから出直して来い」と言われました。でも4日後は土曜日だったため、
公安が休みの恐れがあり、「金曜にして!」と頼み、「金曜なら午前中に来たら午後に渡してやる(普段は翌日
受け取り)」と言われたので安心してまた中華三昧の日々を送りました。

 そして金曜、約束の時間に行っても公安が開いてない。門番に「1時間後に来い」と言われて行くと、前に対応
してくれた話のわかるおっさんがいない。別のおねーさんはカタコトの英語で「ビザの紙がないから2週間後に
また来て」と言う。

 ・・・いやいやいや2週間後て。明日ビザ切れますがな。

 ごねていると前回のおっさんがやってきて、ようやく申請できることに。長いこと待たされ、なんとか申請し、夕方
にまた公安に出向いて受け取ることができた。
 しかし夕方に公安にいくと張り紙がしてあり、「今日から2週間はシステムメンテナンスのためビザ発給業務を
停止します」と書かれてあった。僕らは「ビザの用紙がない」という説明を受けたので本当はどういう理由か分から
んが、とにかく1日でも遅れていたらあやうくビザをゲットできないところだった。中国公安、本当に油断できない。

 中国の公安といえば、実はもう1つ公安にお世話にならなければならないことがあった。実はこのHPでは公表
していなかったが、僕はモンゴルでサブデジカメとボイスレコーダーをすられた。かばんから抜き取られたのだ。
もうじきロシア行きの電車に乗る時で、警察に届ける暇もなかった。まだ旅に出てほんの10日目、自分の間抜け
さ加減にかなり落ち込んだが、その後に電車内でいい出会いがあり、ロシアが素晴らしかったのですぐにそのこと
は忘れてしまったのだが、保険に入っている以上ちゃんと請求しない手はない。
 そこで、比較的英語が通じそうでしっかりしてそうなカシュガルで盗難証明書を貰おうとしたのである。ロシア、
カザフ、キルギスよりは話が通じるんじゃないかと思ったが、なんのなんの、英語を喋る人はほんの一部で、そこ
まで辿り着くのにかなり苦労した。その英語をしゃべるおっさんは公安でもかなり偉い人のようで、とても偉そうで
高圧的な態度だった。「おまえはウソをついていないか?」と3回も確認され、めちゃめちゃ分かりにくい英語なので
何度も聞きなおすとキレ始めるし、こっちもだんだんムカついてきたが、確かに中国で盗まれたわけではないので
ウソといえばウソになるため強気には出れない。結局3日も公安に通ってようやく盗難証明書はもらえたが、あの
態度は公安うんぬんとかお役所だからとかいう前に、人間としてどうかと思った。人がトラブルで困ってるのに・・・


 ま、とにかくようやく仲間もビザも揃い、ようやく長かったカシュガルでの滞在を終えて西チベット行きに挑戦する
時が来たのである。



    ↑アニマルマーケット、かわいそうに見えるがウイグル人にとっては生活の糧である



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